今週の説教

 

 

 

先週礼拝(5/13)説教片々    

   

   「神の宣教」    神保 望牧師

 

       ヨハネ福音書 17章1~13節

 

 主イエスは、次のように祈られました。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現わすようになるために、子に栄光を与えて下さい」。ここで主イエスが言われた「時」というのは、地上において弟子たちと共に過ごす最後の時であると同時に、十字架の死後復活され天に昇られてから終わりの日に再会するまでの「待ち望む」という意味での希望に満ちた日々の「開始の時」のことです。つまり神を知り信じたところから、私たちの信仰者としての「新しい生そのもの」が開始されるということです。神を知り信じた人々というのは、神から与えられた御言葉を信じ受け入れてイエスこそ神の神子であり救い主として来られたお方であるという、聖書に記された証言内容を自らの生の礎とします。そこで主イエスは、言われました。「今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです」。この御言葉を最後に、死が待ち受ける十字架へと主イエスは向かわれました。しかし主イエス・キリストの十字架の死後には復活という喜びが用意されていたのであり、私たちはそうしたキリストの復活の命に生きることを信じつつ、終わりの日における再会の約束をこそ希望として生きるよう祝福されているのです。そしてこの希望を携えて、私たちも父なる神が御子を通じて進められた福音宣教の御業に参与するよう導かれているのです。

 

先週礼拝(5/6)説教片々    

   

  「私は世の光である」    

         ヨハネ福音書8章12~20節

 イエスは、「私は世の光である。私に従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」と言われます。一体この暗闇とは何でしょうか。今イエスにとっての闇とは、イエスを殺そうとするユダヤ教指導者達です。イエスは彼らの日頃の姿を見て、自己顕示欲が非常に強いと批判しています。彼らは神に仕えているようで実は「自分中心」なのです。これが闇の正体です。この世の様々な暗闇、罪の出所は「自分中心」なのです。これは今に始まったことではなく、アダムとエバ以後の人間すべてに当てはまります。人間が神なしで「自分だけ」で生きてきたゆえに、この世はいつも暗いのです。ですから私達が暗闇でなく光に歩むためには、「自分一人で行かない」ことです。私一人で行かず周りの人々と手を携えて、何よりも救い主イエスと共に生きてゆくのです。その時神は私達に命の光を与えて下さいます。

 イエスご自身も自分一人で行かず、常に神と共に、神とひとつであることを願われました。そのイエスの神への服従のすさまじさは「人を裁かない」という言葉からわかります。イエスはメシアとして与えられている「人を裁く権利」をすべて神に捧げたのです。そこまでしてイエスは神と密接に結びついていたかったのです。ゆえに神はみ子を「世の光」とされました。即ちこのみ子を信じる者の罪を赦し、信じる者にみ子と同じ復活の命を約束して下さいました。世界はまだ暗闇が支配していますが、私達はその中でも命の光を見い出すことが出来ます。私達はいただいたその光を周りの人々の前に掲げて行くのです。

 

 

 

  今月の言葉(5月)

 怪力サムソン   

(士師記13~16章)

 士師サムソンは士師記の中でも特異な人物です。彼は生まれる前からナジル人として神に仕える者と定められ、「生涯、髪の毛を切るな」と命じられていました。しかし彼は成長すると、親も途方に暮れるほどの人物となります。当時イスラエル人は弱く、ペリシテ人に支配されていました。サムソンは、そのペリシテ人の女性ばかりを愛し、そして些細なことで怒り、その怪力で多くのペリシテ人を殺します。こうなると彼は仲間のイスラエル人にとっても厄介者です。彼がいるばかりに、ペリシテ人に攻撃を仕掛けられて困り果てます。ところが、このようなサムソンに対して、神様の見方は全く違っていました。聖書には「彼らには、これが主のご計画である事が分からなかった」(士師記14:4)とあります。神様の人を見る目は、人と異なっています。神様は驚くべき人物を用いてイスラエルを救おうとされたのです。

 ところがこのサムソンも、愛する女デリラの裏切りによってペリシテ人に捕らえられます。彼は自分の怪力の秘密が髪の毛にあることを彼女に教えてしまいます。彼女に髪をそられたサムソンには何の力もありません。実は彼の力は髪の毛にあったのではなく、「髪の毛を切るな」という神の命令に彼が従っていたところにあったのです。力を失ったサムソンはこのことに気付き、悔い改めて神に祈ります。「今一度だけ私に力を与えて下さい。」 神に立ち返ったサムソンの願いを聞かれた神は、再び彼に大いなる力を与え、ペリシテを破りイスラエルを救うのです。       (山田恵子 牧師)